数え年40前厄、狩猟で自分を保てている

狩猟というのは、自分がどれだけ頃張ったか、どれだけ努力したかが、そのまま成果に結びつく——ものすごく平等なアクティビティだ。自分はそう思っている。

そして、この「努力が正しく報われる」という感覚が、40歳を目前にした今、自分を保ってくれている。


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仕事は「努力=成果」にはならない

新しいことを始めるとき、あるいは何かにチャレンジしようとするとき——たとえば仕事で一つの成果を得たいとき、人はそれに向かって色々なことをする。

先輩に話を聞いたり、本を読んだり、Youtubeで関連動画を見たり、SNSで情報を拾ったり、自分がやったことを振り返ったり、仮説を立てて検証したり、実践して反省して次はどうするか考えたり。

要は、結果が出るまでトライ&エラーを繰り返す

ただ、仕事の場合、これをやったからといって必ずしも成果に結びつくわけではない。うまくいかなかったとき、その原因が全部自分にあるならまだ納得しやすい。でも、必ずしも原因が自分にあるわけではないケースというのがある。

原因がマスクされていて分かりにくかったり、自分がそれを認識できなかったり、的外れな分析や改善をしてしまったり、ということは多々ある。社会構造、関わっている人、世の中を取り巻く環境——そういうものが絡んで、思うような結果が出ない。

逆に、そんなに苦労もせず結果が出てしまうケースもある。ビギナーズラックというやつだ。ものすごく苦労して頃張っているのに成果が出ない人もいれば、楽観的な態度で臨んで成果が出てしまう人もいる。

これが世の中というものだ、と自分は思っている。


狩猟は違う——努力がそのまま成果に出る

自分はそういうバトルフィールドでずっと仕事をしてきた。だからこそ、狩猟という世界に足を踏み入れて、感動した。

自分がどれだけ自然と向き合ったか。どれだけ勉強したか。どれだけ猟場に足を運んだか。どれだけ鉄砲の練習したか。先輩の話をどれだけ聞いたか。本をどれだけ読んだか。兎にも角にも、どれだけ時間をかけたか。

——それに比例して、成果が出る。

当たり前と言えば当たり前のことなのに、これが本当に当たり前に起きるということが、自分にはものすごく新鮮で、感動的だった。

仕事では得られないような自己肯定感。ちょっとありきたりな言葉だけれど、それが自信につながる。「自分はまだやれる」という感覚につながる。


楽したい人・甘えたい人には成果が出ない

狩猟が簡単かというと、決して簡単ではないとも思う。

これはここ1〜2年で強く思っていることだけれど、「人間のほうが賢いのだから、これくらい大丈夫だろう」とか、「めんどくさいからちょっとは楽しよう」とか、そう思った瞬間に絶対に足をすくわれる。。

楽したい、甘えたい、そういった気持ちが少しでもあると成果が出ない。真摯に向き合っている人だけ成果が出る。それがこの世界だな、と思う。

鏡だな、と思う

自分がどれだけ頃張ったかが、そのまま成果につながる。この涼々しさが、自分がこの世界に足を踏み入れてやめられなくなった——というか、狩猟という沼にどっぷりハマってしまった一つのきっかけでもある。


前厄40の節目で、狩猟が自分を保っている

そしてこれは、仕事と狩猟を両立している今、なんとか自分を保てている一つの理由でもある。

普通に働いていると、いろいろある。

自分ももう今年で40歳になる。40歳ともなれば、自分1人だけの人生ではない。家族もいるし、子もいる。自分の親の老後のことも考えないといけない。子供がもう少ししたら中学・高校に進学して、大学に入る頃にはお金も必要になる。それが見えている中で、自分たちの老後も考えていかないといけない。

少しずつ身体にガタがきているのも実感している一方、仕事では重要なポジションについていて、自分が抜けることで大きな穴が出てしまう。そういう責任も伴う。

自分という人間が、自分1人だけのものではない。

これが、40歳前後で一番苦しい——一番もがかないといけない時期なんじゃないか、と最近なんとなく思っている。

それでも、というか、年を重ねれば重ねるほど、人生は深く濃くなっていくとも思っている。家庭・仕事・人間関係・責任——そういうものにもみくちゃにされている中で、狩猟というものがあるから、自分を保てているような気がしている。

狩猟は因果応報。それまでの積み重ねが、如実に結果に出る。成果が出なかったら、それは自分が甘かったから。成果が出たら、それは日々の積み重ねが生きたから。

そういう考え方で、狩猟と向き合っている。


最後に

40歳という節目に、こういうことを一度きちんと言葉にしておきたかった。

人生、思うようにいかないことの方が多い。でも、自分がかけた時間と努力に、素直にそのまま応えてくれるものが、人生に一つでもある——それは、思っている以上に大きい。

自分にとってそれが、たまたま狩猟だった。

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