単独忍び猟体験記:閾値を超えた日

獲物はおそらく4歳前後。体重60kg前後のメス鹿だった。着弾箇所からは小腸が露出していた。後から解体時に知るのだが、弾は肝臓をぶち抜いて反対側から抜けていた。致命傷を負いながらも50m走って逃げたらしい。

その日は、近年稀に見るドカ雪だった。

日の出前、勢子長に巻狩実施の有無について電話をしたところ、「今日は中止しようや」と伝えられた。

猟場まで車で片道 1時間。吹雪の中を走ってきた。高速代も払っている。

手ぶらでは帰りたくない。できることはやっておこう。

雪で厳しい状況だということは理解しつつも、いつもの猟場を見てまわることに。

日の出と同時にいつものスポットへ。

いない。

これまで100%鹿を見た場所に、まったく気配がない。振り続ける雪で消されつつある足跡がわずかに残っていた。が、単独っぽい。

雪にまみれながら車に戻った。

近隣の猟場を流す。痕跡なし。

嫁に「今日は早めに帰るかも」とLINEをした。

寒いと、多少大胆な動きをしても動物は現れる・・・という話をきいたことがある。

ただ流石に、ここまで寒いと動かんのかもしれん。どこかでじっとしてるとか?

近くのパーキングに車を止め、コーヒーを飲みながら一息ついた。

9時。

突然雪が止み、晴れ間が除いた。
温かい。鹿が動くかもしれん。

朝イチで訪れたスポットへ向かう。

車を降りると、新しい足跡がいくつも。いるぞ。

忍び足で尾根まで移動し、覓き込む。

ガサガサ鳴ってる方を確認。

一番近い場所にデカめの個体。距離約 20m。

後ろ足2本で立ち上がりながら、木の葉っぱを食べていた。

・・・デカい。オス?でも角がない。メスだ。

夢中で食ってる。鳴かない。こっちには気づいていない。

870の先台を静かに引いて、薬室から銃身に直接弾を詰めた。

慎重に先台を戻して、ドットサイトのスイッチを入れる。

しゃがんで背中を木に預ける。前腕の近く、腹部に狙いを定めた。

肺か肝臓か。右にズレても左にズレても致命傷のはず。

安全装置を切る。息を吸い、息を吐ききったタイミングで、引き金に指を通した。

人差し指の腹で巻き込むように引き金に圧を加えていく。

発射のタイミングを決めるのは俺じゃない。猟銃が決める。

轟音。衝撃。

・・・鹿が走り出した。

残響、火薬の匂い、逃げる群れの足音。

できることはすべてやったはず。でも、また外した。

俺がまだ未熟だった。甘い話はないもんだ。

そう思いながら鹿のいた場所へ向かうと・・・血痕が残っていた。

当たったのか。

血痕と足跡は、斜面で方向転換し、トラバースするように真横に走っている。

初めてのトラッキング。

かすり傷なのか、致命傷なのか。

血痕を見ても、その量が多いのか少ないのかもわからん。

少なくとも、雪じゃなかったら絶対見落としてる。

30mほど痕跡を追うと道中、広葉樹の幹と葉が真っ赤に染まっていた。

これは、入ったかもしれん。

さらに痕跡を追い続ける。血の量が増えてきた。

目だけで血痕の先を追うと、事切れた獲物がそこにいた。

ふー。

一旦、深呼吸。

弾は、狙い通りの場所に着弾していた。

広い場所まで鹿を引き出し、頸動脈を切った。放血。

眼の前にあるのは自分にとって、もはや食用の肉でしかなかった。

舌を口のなかにしまった。こうすれば死後硬直後でもタンを摘出しやすい。

口の中には、数分前に食べたばかりの広葉樹が詰まっていた。

狩りの興奮も、喜びも達成感もなかった。

ただただ流れ出る血をみながら、今までのことを思い返していた。

単独忍び猟で初めて四つ足を捕獲したのは、猟師1年目、昨年の2月。

猪の寢込みを襲い、頭椎を撃ち抜いた。

2匹目の四つ足は、猟師2年目の猟期初日。

コール猟で呼び込んだ雄鹿を近距離で仕留めた。

この2匹が単独で穫れた理由はなぜか?と言われると、説明ができなかった。

実力ではなく「運」であり、再現性は皆無だった。

知恵と経験を重ね、スキルを磨き、論理性と直感の両面を駆使して、狙った獲物を捕獲する。

そのための訓練を続けてきた。

何度も同じ猟場に足を運んで、獲物のいる場所を学んだ。

獲物がいる場所がわかったら、気づかれないように近づくための術を身につけた。

撃てるタイミングになっても、何度も失敗した。

先台の動作音で逃げられたこともあった。

ドットサイトがOFFのまま狙ってクソ弾を放ったこともあった。

10mの近距離で、ドットサイトのズレを加味せずに下を撃ったこともあった。

「思うように弾が飛んでいかない」ことに気づいてからは、自宅で空撃ち練習を続けた。

そしてこの日、ようやく「捕獲」への閾値を超えることができた。

日が陰ってきた。猟場を見渡すと、自分が引きずった鹿の血の跡が続いている。その血も、振り続ける雪で隠れてきた。

狩猟は、自分との戦いだった。捕獲対象は動物でも、戦う相手は常に過去の自分だった。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次